パリ市立近代美術館を極める1 -フォーヴィズムのその後-

近現代芸術作品を観る際重要になるのが、その作品が一体『誰が』『何年』に描いたものなのか?です。
近現代はしばしばisme(イズム、~派)の時代と言われるように、あらゆる芸術スタイルが
短い時間のスパンで目まぐるしく変化していきます。
変化の要因として流通の発達が挙げられます。流通の発達により新しい芸術が世界に知れ渡る
スピードが早まり、また更に新しい芸術へと進んでいく、19世紀末20世紀とはそんな時代でした。
ポンピドゥー・センターを扱ったブログで、フォーヴィズムについて取り上げました。
一瞬の花火の様にはかなく、しかしながらその短い期間で芸術史に大きな足跡を残したフォーヴィズム。
では、その後どうなっていったのか?
専門のガイドと共に、『見る』だけではない、『感じる』観賞をしてみたい方、是非お問い合わせ下さい。
今回は、パリ市立近代美術館に場所を変え、フォーヴィズム画家たちのその後の足跡を追ってみましょう。
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ポンピドゥー・センターを扱ったブログで、マティスがフォーヴ (野獣) と呼ばれることを嫌ったのが
フォーヴィズム終焉の大きな原因の一つと書きましたが、それぞれの画家の絵画を見比べたとき
確かにマティスをフォーヴィズムに入れるのは難しいと感じます。同じようにチューブから出したままの
生の色を使い鮮烈な印象を与えますが、例えばヴラマンクの絵では不思議と暗く感じ、とても攻撃的で
『フォーヴ(野獣)』の言葉にピッタリと来ます。
対して、”私は人々を癒す肘掛け椅子のような絵を描きたい” と語っていたマティス。
鮮烈な色を使いつつも、どこか静けさや温かさ、そして何と言っても明るさがうかがえます。
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そんなマティスの大作、ダンスシリーズ。
一番有名な1910年頃に描かれた2作品ダンスⅠとダンスⅡは、ニューヨークのMOMA・近代美術館と
ロシアのエルミタージュ美術館がそれぞれ所蔵しています。
マティス41歳のときの作品です。
マティスによると、人を描いたのではなくダンスというイメージそのものを描いたのだそうです。
この頃から晩年にかけ、マティスは次第に線を単純化させ色彩を追求していき
後に切り紙絵の手法へと到達します。
マティスは言います。
” 『ダンス』の大画面に使われた空の青、人体のピンク、丘の緑といった最も単純な手段によって、
最も直接的な感動を掻き立てることができるだろう ” と。
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さて、パリの近代美術館が所蔵するのは
1931年の未完成のダンス
1933年のパリのダンス
の二作品。いずれもマティスが60代前半に描いた大作です。
壁一面を覆いつくす大きな作品。パリ近代美術館3階にはこれらの作品を展示するためだけの部屋、
その名も『マティス・ルーム』を作っています。
一歩足を踏み入れると、巨大なスペース、明るさを抑えたライティングの中にまず現れる未完成のダンス。
単純な線だけで描かれているのに、その肉体表現、躍動感に圧倒され
生きるという喜び、その力強さ、マティスのメッセージが熱く伝わって来る気がします。
この作品、元々はアメリカ人医師バーンズが個人で収集した絵画を展示するため
バーンズ・コレクション、つまり美術館を建設するにあたり、その壁を飾るためマティスに作品を依頼、
マティスは自身でシリーズでも描いていたダンスの制作を決めたのです。
では、何故そんな作品がパリに?未完成というタイトルも気になるところです。
実は、制作途中でマティスが寸法を間違ってしまって美術館のサイズに合わないことが分かり
結局一から別に作り直したというのが真実。そのため未完成品がパリに残ったわけです。
未完成品の持つ魅力、それはやはりハッキリと残された筆あとではないでしょうか?
これだけの大きな作品を制作するため、マティスが足台に乗り長い棒の先に着いた筆を懸命に動かす
そんな姿がふっと頭に浮かびます。
完成された作品とは違った、一人の画家が確かに存在した、その足跡をうかがうことが出来るのです。
次の部屋には、同じく壁一面を覆いつくす、パリのダンスが現れます。
未完成のダンスから2年、一度は制作を放棄したものの再度作品と向き合うこととなります。
これがダンスの第二案です。
未完成のダンスからイメージを得て作られただけあり、その躍動感はもちろん、
それに加えピンクとブルーという色彩の対比が作品にスピード感をも与えています。
結局こちらの作品を完成させた第三案を、アメリカのバーンズ・コレクションに納めました。
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では、マティスの大作の部屋を出て他のフォーヴィズム画家の作品を探してみましょう。
まずはマティスの親友であったアンドレ・ドラン。
親友だけあってマティス同様に優しい色彩が特徴的な画家でした。
パリ近代美術館では、1920年代に描かれたドランの作品を多く展示しています。
ドラン40代、第一次世界大戦の終了直後、イタリア旅行をきっかけに古典への回帰が著しい作品です。
画家として海外からも認知され、ドランの絶頂期と言える時代です。
ちなみに、社会の混乱期(主に戦争)の後には必ず古典へと回帰するというのが
美術史における大きな特徴の一つです。
混乱期には画家が創造することが出来ず、新しいインスピレーションを得ることも出来ません。
この停滞期を抜けたとき、自然と古典へ回帰していくのです。
あのピカソでさえも、第一次世界大戦の後は古典主義へと傾倒するほどでした。
さて、ドランの作品をフォーヴィズムの頃と見比べてみて下さい。
同じ画家の手によるものとは思えないほど違っているのがお分かり頂けるはずです。
ただ、個人的意見としては社会的名声の高まるこの時期の絵画は美しいんですが
何となく平凡で個性が無いようにすら感じてしまい、フォーヴィズムの頃の方が好きです。
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フォーヴィズムの画家から多大な影響を受けた、ラウル・デュフィ。
特に1905年のサロン・ドートンヌで展示された、マティスの絵画Luxe, Calme, et voluptéに
大きな衝撃を受け、後にマティス同様色彩の魔術師と呼ばれるようになります。
次の二枚の絵を見比べてみて下さい。
フォーヴィズム時代(上)にはコントラストのはっきりとした絵画を描いていたデュフィですが
次第に優しいパステル調の色彩を使うようになり、ピカソの画商としても有名なガードルード・スタインから
«Dufy, c’est le plaisir.» (デュフィ、それは喜び) と称賛されました。
パリ近代美術館では、1930年代、デュフィが50代半ばの作品を多く展示しています。
何でもない日常の風景をパステルで彩る作品は、タイトルにもなっているように
文字通り La vie en rose (バラ色の人生) と言えるでしょう。
また、この美術館で見逃せないのが『マティス・ルーム』と並んでデュフィのための部屋『デュフィ・ルーム』 。
La fée electricité (電気の妖精) と名付けられた、高さ10m、幅60mという巨大な壁画は
元々1937年のパリ万博で電気に関するパヴィリオンの壁画として描かれたものをそのまま展示しています。
電気の発見から現代(当時の)までの歴史を、エジソンをはじめとした多くの科学者と共に描いています。
制作当時のデュフィは60歳。まさに集大成と言って良い作品でしょう。
光を抑えた部屋の中で、その色彩の瑞々しさが際立ち、何とも言えない幻想的な世界を作り出しています。
一瞬、本当に電光板で描かれているのかと錯覚してしまうような独特の輝きを見せるのも、
色彩の魔術師と呼ばれたデュフィならではです。
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最後にジョルジュ・ブラック。ポンピドゥー・センターの記事にも書きましたが、
ブラックと言えばピカソと共に立ち上げたキュビズムの方があまりにも有名で
フォーヴィズムの時代の方がピンと来ない人も多いことでしょう。
パリ近代美術館では、ブラックのキュビズム時代の絵画も所蔵しています。
参考までに作品を紹介しますが、キュビズムに関しては別の機会で綴る予定です。
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短期間にいくつものismeが生まれ消えて行った20世紀芸術。
同じ画家の描いたものでも、時代により大きく変化して行っていることがお分かり頂けたでしょうか。
芸術の流れを追う事は困難に感じるかもしれません。しかし一見無作為に並べられた様にも感じる
近現代芸術作品の観賞をより豊かにしてくれることは確実です。
世界中の美術館に散らばった近現代作品、一つ一つの作品が一本の線で繋がったとき
新たな感動と共に、また違う美術館にも行ってみたいと思わせる。
それが芸術鑑賞の楽しみ。私はそう思います。
Kate,
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Musée d’art moderne de la ville de Paris (パリ市立近代美術館)
11 Avenue du Président Wilson, 75116 Paris
メトロ : Iéna (9番・黄緑色の線) から徒歩3分
開館時間 :
火曜日-日曜日 10h – 18h (木曜日夜間開館22hまで)
月曜日休館
入館料 : 無料