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大都市に行くと必ずある近代美術館。

入ってみたものの、さて・・・

一体何が描かれているんだか・・・、どの部屋から見始めたらいいのやら・・・、

と困ってしまったという経験はないでしょうか。それでも何だか惹かれる近代美術。

そんな方々の観賞の参考になればと思いシリーズでブログを書こうと思います。

 

“人はあらゆる物や人に

意味を見出そうとする。

これは我々の時代にはびこる病気だ”

 

とピカソが語った通り、絵画の解説ではなく、時代背景や、画家を一人の人間として見たときの人生に

焦点を当てて書いています。『理解』する観賞ではなく、『感じる』観賞を体験して下さい。

 

ポンピドゥー・センターに行きたくなったという方、是非お問い合わせ下さい。

 

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近代美術と現代美術。

近代をモダン・アート、現代をコンテンポラリー・アートと呼んでいますが

その区分はかなり曖昧です。従って近現代美術と一緒にされることもあります。

 

余談ながらパリの美術館を見てみると、

ルーヴル美術館には古代から、フランスで二月革命の起こった1848年以前まで

オルセー美術館は1848年から第一次大戦の始まる1914年まで

ポンピドゥーセンターにはそれ以降から現代まで

としっかり年代によって区分けされているものの、近代の区分は非常に曖昧です。

 

そこで、本来『近代』と言えばマネから始めなければならないところでしょうが

ポンピドゥー・センターや、パリ近代美術館を鑑賞したい方の為に

まずは、フォーヴィズムから始めてみようと思います。

 

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運命の年1905年。

この年に開かれたサロン・ドートンヌ展(日本語で“秋の展覧会”の意味)が、

近現代芸術の流れを大きく変えることになります。

 

サロンとは元々、フランス芸術協会が開く展覧会を指す言葉でしたが、この会があまりに保守的であった為

それに抵抗するべく開かれたのがサロン・ドートンヌ展でした。

1903年、百貨店「サマリテーヌ」の建築家であったフランツ・ジョルダンが筆頭となり、

マテイス、ルオー、マルケ、ボナール、カモアン、フリエス、ヴィヤールといった

前衛芸術家たちによって作られ、形態こそ変わったものの現在も続く由緒ある展覧会です。

 

さて、運命の年1905年

アンリ・マティス、アンドレ・ドラン、モーリス・ド・ヴラマンク

という現在ではフォーヴィズムとして知られる三人の画家の作品が、この年のサロン・ドートンヌで

一堂に展示されました。彼らの作品はチューブから出したそのままの原色が使われ、

描きなぐったような荒々しさから、絵を見た評論家から『野獣の檻』(フォーヴ)と、

つまり悪口を言われたわけです。それを語源としてフォーヴィズム(野獣派)と呼ばれるようになったのです。

余談ですが、フランス人の多くは何でも最初は反対!という人たち。

今ではパリのシンボルであるエッフェル塔でさえ、当時は市民から猛反対されていたのですから

新しい芸術がそう簡単に受け入れられるほど甘くはなかったのです。

 

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同じフォーヴィズム画家と認識されるこの三人。しかし育ちも性格もそれぞれに全く違っていました。

 

DSC_1005まずヴラマンク。

Maurice Vlaminck (1876-1958)

Une rue de Marly-le-Roi, 1905-1906

 

本能の画家とも呼ばれ、野獣派の言葉に一番ぴったりとくる画家です。そして、画家と言っても先生につくことはおろか、絵の教育を受けたことすらありませんでした。とにかく他人から指示されたり、誰かに従うのは大嫌い。死ぬまでそのスタイルを貫いたのです。

 

DSC_1000そして、偶然電車でヴラマンクの隣に乗りあわせたドラン。(出会いに関しては後述します。)

André Derain (1880-1954)

Les deux péniches, 1906

 

元々はエンジニアを目指すため学校に通っていましたが絵にも興味があったので、同時に絵画教室にも通っていました。今で言えば、初めは趣味程度からというところでしょうか。

そうは言っても絵の才能は高く、色彩感覚もマティスと同等又はそれ以上と評価されます。

 

DSC_1013最後にマティス。

Henri Matisse (1869-1954)

Luxe, Calme, et volupté, 1904

 

法律家を目指す秀才。パリ大学法学部を卒業後は法律家の書記として働きます。しかし、書記の仕事に興味を持てず、21歳のときに患った虫垂炎の治療中に暇つぶしとして母親が買って来た絵の具に夢中になり、反対する父親を押し切り、23歳にして初めて先生(ギュスターヴ・モロー)につき勉強を始めたのです。

しかし元々絵の才能があったことと、ペンキ売り場で色の調整などを行っていた母親譲りの色彩感覚で、30歳を待たずして国に絵が買い上げられるなど画家としてのスタートは順風満帆だったのです。

 

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こんなタイプの違う三人の人間が画家を目指す経緯を見て、あれ?と思われた方いると思います。

そう、むかしむかしの画家のイメージと言えば幼い頃から絵の才能を発揮し、物心付く頃には既に筆を握り

10代の若くして師匠につき画家となるのが一般的でしたが、全く違う分野から画家を目指すというのは

20世紀美術の特徴の一つと言えるでしょう。

 

特にこの後の時代に出てくる抽象美術などを見ても、芸術家の精神論を作品に表す、

つまりまず頭で考える芸術が発展していく過程の大きな要因として、

こういった他分野から画家に方向転換をした芸術家たちの存在を挙げることが出来るでしょう。

しかし、この話はまた後日。

 

ピカソ青の時代のブログに書いた通り、20世紀美術の大きな特徴の一つは

かつては、空はいつでも青色でないといけなかったし、女性は美しい白い肌でないといけなかったのに対し

もしある芸術家が空は黄色だと思えば黄色に塗って構わないという当たり前のことを認めさせたことです。

 

フォーヴィズムの画家たちが目指したのは、『色の革命』

古くはドゥラクロワから始まった色の革命は、印象派画家たち、点描画のスーラやシニャック

そしてゴッホ、ゴーギャンへと受け継がれ、先駆者から受けた影響を一気に開花させたのが

フォーヴィズムの画家たちであったと言えるでしょう。

 

フォーヴィズムの画家たちは何よりも自身の感覚を重視し、従来の写実主義が掲げていた

目に映る景色をそのまま描き表すという絵画と、完全に決別をしました。

『現実の色彩』から『感じる色彩』へ。

フォーヴィズムが現代美術への戸を一気に押し開いたと言って過言ではないでしょう。

 

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実は、運命の年からさかのぼること5年。

1900年、兵役帰りのヴラマンクは電車の中で偶然ドランの隣に座りました。

初めはちょっとした挨拶から始まったのでしょうか、二人は絵画の話に夢中になり、その勢いで

共同のアトリエを構えるまでになったのです。そして翌年、ドランがヴラマンクに自身の友人マティスを紹介。

1900年の運命的出会いをきっかけに、フォーヴィズムの三人が出そろったというわけです。

 

ゴッホの影響を強く受け、その後も理論派絵画を嫌っていたヴラマンク。

未だ無名だった頃のゴッホと出会い、その強烈な色彩感覚に傾倒していたマティス

そしてその二人の友人であったドラン。

フォーヴィズムは正に時代に乗って産まれるべくして産まれてきたのでした。

 

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しかし、残念ながらフォーヴィズムは長くは続かず、わずか三年ほどで終わりを迎えます。

何よりもマティスがフォーヴと呼ばれることを嫌ったのが大きな原因の一つでしょう。

三人はそれぞれに画家として違う道を歩むこととなります。

しかしこの三人の画家、現代ではフォーヴィズムの頃の絵画の方が高評価されることが多いのです。

何とも皮肉なものです。

 

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運命の年1905年のサロン・ドートンヌ展。その翌年にマティスは一回り年下のスペイン人画家と

パリで運命の出会いを果たしています。その画家も恐らくこのときの展覧会を見たことだろうと思われますし

大きな衝撃を受けたことは確かでしょう。その後二人は生涯友人でありそしてライバルでした。

そう、このスペイン人こそが20世紀芸術を大きく変えることとなる画家、若き日のピカソです。

ピカソの言葉を借りると

”誰も自分ほどマチスの絵を注意深く見る者はいないし,マチスほど自分の絵を注意深く見る者はいない。”

そんな二人が近代芸術をどの様に変えていくのか、続きはまた次回。

 

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最後に、とても短命であったフォーヴィズムですが影響を受けた画家は数多くいます。

ポンピドゥー・センターではその中でも特に有名な二人の作品を見ることが出来ます。

 

DSC_1009

ピカソと共にキュビズムを立ち上げた画家として有名なブラック。

Georges Braque (1882-1963)

L’Estaque, 1906

 

どうしてもキュビズムの作品に目がいってしまいますが、実はフォーヴィズムから大きな影響を受けた画家の一人として、この時代多くの作品を残しています。

 

DSC_1002

色彩の魔術師と呼ばれるデュフィ。

Raoul Dufy (1877-1953)

Les Affiches à Trouville, 1906

 

フォーヴィズムから多くの影響を受けた画家の一人です。1905年にマティスの描いた絵(上に紹介した)を見て感銘を受け、デュフィの絵画スタイルは180度変わったのです。

 

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最後まで読んで頂いて、『感じる色彩』を体験してみたくなった方。

ポンピドゥー・センター5番の部屋では、今も変わらない色彩を放つフォーヴィズム絵画が

人々を魅了し続けています。触れそうな至近で是非色彩を感じてみて下さい。

 

Kate,

 

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Centre Pompidou (ポンピドゥーセンター)

Place Georges-Pompidou, 75004 Paris

メトロ : Rambuteau (11番・茶色の線) から徒歩1分

開館時間 :

月曜日、水曜日-日曜日 11h – 22h (企画展は21hまで)

火曜日と5月1日休館

入館料 : 14€ 常設展と企画展の両方込み (18歳未満は無料)

Centre Pompidou ホームページ (仏・英)